このページの要点
- 見積り・コンペ・トライアル・事前着手は別の段階。成果が手元に残る作業は報酬の対象になり得る。無償の範囲は作業の中身で決め、依頼の時点で書く。
- 不採用の提案物の著作権は受注者に残る(著作権法17条)。採用しない案を承諾なく使わない、渡した情報は返還・消去する、という条項を置く。
- 募集情報に虚偽や誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確・最新に保つ(フリーランス法12条)。募集と発注の条件がずれるなら、変更点を示す。
- 発注書の前に作業を始めさせても、業務委託をした以上は直ちに明示する義務がある(3条1項)。定められない事項は理由と予定時期を示し、定まったら直ちに明示する。
結論:発注前の作業は「どこまでが無償か」を作業の中身で線引きし、先に書いておく
フリーランスに仕事を頼む前には、見積りを取る、複数の候補に企画案を出してもらう(コンペ)、少量の作業を試しにやってもらう(トライアル)、といった段階があります。この段階で発注者が最も迷うのは「ここまでは無償でよいのか」です。法律はこの線を一律には引いていません。実務では、作業の中身が「判断材料としての見積り」にとどまるのか、「成果の一部の先行提供」に踏み込んでいるのかで、報酬を払うべきかを分けて考えます。
見積りの内訳を説明してもらう程度は無償の範囲として受け止められやすい一方、完成物に近いサンプル、実際に使えるデザイン案、検証用のコードなどは、受け取った側の手元に価値が残ります。この段階で無償のまま作業を求め続けると、後から「あれは仕事だった」「いや、まだ契約前だった」という食い違いが生じます。さらに、募集の段階で示す条件と、発注後の条件が食い違うと、特定受託事業者を募集する側の義務(フリーランス法12条)にも関わってきます。
このページでは、次の順に整理します。
- 見積り・コンペ・トライアルを、報酬の要否と決めておく事項で比べる。
- 採用しなかった提案・サンプルの権利と流用の扱い。
- 提案料や、初回提案の前後で解約するときの支払の書き方。
- 募集情報を出すときの、虚偽表示・誤解を生じさせる表示の禁止と、正確・最新の維持。
- 募集のときの条件と、発注後の条件の食い違い。
- 発注書を出す前に作業を始めさせたときの扱い。
発注後の条件の明示は条件の明示のページ、報酬の設計は報酬の設計のページで詳しく扱います。このページは、契約の前の段階に絞ります。
見積り・コンペ・トライアル・事前着手:段階ごとの違い
発注前の作業は、一見似ていても、報酬の要否も、権利の扱いも違います。段階を混ぜて「お試しで」と頼むと、どの段階の約束なのかが曖昧になります。
発注前の段階の比べ方(一般的な整理)
| 段階 | 受注者がすること | 報酬の考え方 | 決めておくこと |
|---|---|---|---|
| 見積り依頼 | 依頼内容を読み、費用と納期の概算を示す。 | 通常は無償で受け止められやすい。ただし、詳細な設計や仕様書の作成まで求めるなら別。 | 見積りの有効期間、前提条件、見積りに含まない作業。 |
| コンペ(複数候補からの選定) | 企画案、デザイン案、構成案などを出す。 | 手間がかかるため、提案料を払うか、採用されなくても一部を払う設計が望ましい。無償なら、その旨と範囲を明示する。 | 提案の範囲、採否の基準と通知の時期、不採用案の権利と流用の禁止。 |
| トライアル(お試し作業) | 本番に近い作業を少量こなす。 | 作業の対価が生じる。一部を払う、または本番に含める旨を決める。 | 作業量の上限、成果の扱い、採用しない場合の報酬、本番契約との関係。 |
| 事前着手 | 発注書や契約書が整う前に作業を始める。 | 業務委託をした以上、報酬の対象。 | 着手の指示を出した日、条件の明示の時期(本ページの終わり近くで説明)。 |
表のとおり、コンペとトライアルは「成果が手元に残る」という点で見積りと質が違います。たとえばロゴの案を三案、完成度の高い状態で出させたうえで、一案だけ採用して他は不採用、報酬はなし、という形を無償で続けると、受注者は実質的に複数の仕事をしたのに、一つ分も報酬を得られない結果になります。特定受託事業者に対する取引では、これが後から「自己のために役務を提供させた」と評価されるおそれがあります(フリーランス法5条2項1号。判断の基準は個別の事情によるため、官公庁の資料の原文確認が必要です)。
不採用の提案・サンプルの権利と、流用の禁止
提案や試作は、創作性があれば著作物にあたり、創作した受注者に著作権が生じます(著作権法17条)。報酬を払わなかった、あるいは採用しなかった提案について、発注者が勝手にその構成や図柄、文章を取り入れて使うと、権利侵害の問題になります。反対に、発注者のほうも、提案の過程で自社の非公開情報を渡していることが多く、その情報の扱いも決めておく必要があります。
条文例第○条(不採用となった提案物の取扱い)
- 乙が甲に提出した提案物のうち、甲が採用しなかったものに係る著作権その他の権利は、乙に留保される。
- 甲は、採用しなかった提案物を、乙の事前の書面又は電磁的方法による承諾なく、複製し、改変し、又は第三者に提供してはならない。
- 乙は、提案の過程で甲から開示を受けた情報を、提案の目的以外に使用してはならず、甲の求めがあるときは、速やかに返還し、又は消去する。
提案物の権利と、提案の過程で渡した情報の双方を、一つの条にまとめて書く例(一般的な例)。
この条文では、採用しなかった提案物の権利を受注者に残す一方で、採用した提案物の権利をどうするかは別の条(成果物の権利の条)に委ねています。採用された提案が本番の成果物の基礎になるなら、その部分の権利も本番の契約で整理しておきます(成果物の権利の考え方は成果物の権利のページで扱いました)。
確認の問いと理由提案物の扱いを決める前の確認
採用しない提案の「アイデアだけ」を使うことは許されるのか。
著作権法が保護するのは具体的な表現であって、アイデアそのものではありません。ただし、提案書の構成まで写せば表現の複製になり得ます。契約では「提案の内容を、採用の有無にかかわらず、受注者の承諾なく利用しない」と書くのが、境目の争いを避ける実務です。
提案に含まれる図表やデータの出どころが、発注者から渡した資料かどうか。
発注者が渡した資料から作った部分は、発注者の側にも権利や情報の管理責任があります。どの部分が誰のものかを切り分けて記録しておきます。
提案の過程で渡した発注者の情報は、不採用のあとどうするか。
返還・消去と、受注者が他の取引先に流用しないこと、を書いておきます。秘密保持契約の書き方そのものはここでは扱いません。
提案料と、初回提案の前後での解約:支払の書き方
提案や試作をしてもらうなら、報酬を払うのが原則的な姿勢です。ただ、実務では、全額を払う、一部を払う、採用されたときだけ払う、といった設計が混在します。いずれの設計も、あらかじめ文書で決めておくことが前提です。何も決めずに作業を頼んだ場合、委任(準委任を含む)にあたる作業は、報酬の特約がなければ報酬を請求できない、という民法の規定があります(648条1項、656条)。この規定は受注者に不利な方向に働きますが、その結果、発注者が「約束していないから払わない」という態度を取りやすい構造にもなっています。取引の信頼のためには、特約を書いておくほうが、発注者の側にも利益があります。
書き方の例(一般的な例) 無償と有償の境目
不採用時の報酬
理由無償を契約の標準にすると、特定受託事業者との関係で、提案の過程で行った作業が経済上の利益の提供にあたるかが問われる余地が出ます。額を事前に決めておけば、精算の争いも避けられます。
初回提案の前の解約
理由提案の準備には資料の読み込みや調査が必要で、提出前でも作業は発生しています。作業の割合に応じた支払は、民法が仕事の完成前の解除について注文者が受ける利益の割合に応じた報酬を認めていること(634条)とも整合します。
初回提案の後の解約
理由返還の有無だけを書くと、未払分の扱いが空白になります。残る作業の対価と既に行った作業の対価を分けて書きます。
解約の仕組み自体は、請負と準委任で異なります。仕事の完成を約束する請負では、請負人が仕事を完成しない間、注文者はいつでも損害を賠償して契約を解除できます(民法641条)。委任と準委任では、各当事者がいつでも解除でき、相手に不利な時期の解除などでは損害の賠償を要します(651条)。いずれも、報酬の精算の割合は特約で明確にしておくのが実務です。
募集情報の出し方:虚偽や誤解を生じさせる表示の禁止
フリーランスに仕事を頼む前の段階で、募集サイトやSNS、自社のウェブページ、メール、書面などで募集をかけることがあります。このとき、特定業務委託事業者には、広告等によって特定受託事業者の募集に関する情報を提供する場合に、その情報について虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容に保たなければならない、という義務があります(フリーランス法12条1項・2項)。
募集情報の的確表示(12条)の骨組み
対象になる場面
新聞、雑誌その他の刊行物に掲載する広告、文書の掲出または頒布その他の厚生労働省令で定める方法(広告等)により、業務委託に係る特定受託事業者の募集に関する情報を提供するとき。
厚生労働省令で定める方法
書面の交付、ファクシミリ、電子メールその他受信者を特定して情報を伝達する電気通信、ウェブサイトへの掲載のようにコンピュータと電気通信回線を接続してする方法その他これらに類する方法(厚生労働省令1条)。
表示の対象になる情報
業務の内容、業務に従事する場所・期間・時間に関する事項、報酬に関する事項、契約の解除(更新しない場合を含む)に関する事項、募集を行う者に関する事項(フリーランス法施行令2条)。
してはならないこと
虚偽の表示、誤解を生じさせる表示(12条1項)。
しなければならないこと
提供する情報を、正確かつ最新の内容に保つ(12条2項)。
条文は e-Gov法令検索で確認しています。「誤解を生じさせる表示」の具体的な線引きは、所管官庁の資料を原文で確認する必要があります。
たとえば、募集時に「月額固定の報酬」と書いたのに、実際には成果が出たときだけ払う形で発注した、募集には「在宅で完結」とあったのに、実際は出社が必要な日が多い、といったずれは、誤解を生じさせる表示の問題に発展し得ます。また、募集を終えた後に、すでに採用が決まっているのに掲載を残している、報酬の条件を変えたのに募集の記載が古いまま、という状態は「最新の内容に保つ」義務との関係で問題になり得ます。
募集情報を出す前の確認
- 業務の内容を、後で発注する内容と同じ粒度で書いたか。
- 業務に従事する場所・期間・時間の記載が、実際の発注の内容と矛盾していないか。
- 報酬の記載が、算定方法(固定、時間単位、成果連動)まで含めて正確か。税込か税別かを明記したか。
- 契約の解除や更新に関する取扱い(更新の有無、解除の予告の考え方)を書いたか。
- 募集を行う者(会社名・屋号・担当部署)を正確に書いたか。
- 採用が決まった、条件が変わった、といったときに、募集の記載を更新する担当者を決めたか。
募集のときの条件と、発注後の条件が食い違うとき
募集を見て応募した受注者は、募集に書かれた条件を前提に動きます。発注の段階で報酬や期間、作業の範囲が変わるなら、変わったことを受注者に分かる形で示す必要があります。「募集要項に書いたのだから、細かい条件は発注書に任せる」という運用は、募集と発注の間のずれを見えにくくします。
書き方の例(一般的な例) 募集と発注の食い違い
報酬の記載
理由募集情報は正確で誤解を生じさせないものでなければなりません。条件のずれは、募集の段階では誤解を生じさせる表示に、発注の段階では報酬の額の明示(フリーランス法3条)に関わります。
作業範囲の記載
理由作業範囲が広がれば、同じ報酬では釣り合わなくなります。募集の段階で範囲を絞っておくと、後で追加依頼として整理しやすくなります(追加の依頼は仕様と追加依頼のページで扱います)。
契約の期間
理由継続を期待させる記載は、受注者の判断に影響します。期待が外れたときの苦情を避けるためにも、見込みと約束を書き分けます。
募集と発注の間に条件が変わるのは、実務上は珍しくありません。ポイントは、変わったことを隠さず、受注者が検討する時間を確保して示すことです。変更点を一覧にして添付するだけでも、後の食い違いを大きく減らせます。
発注書を出す前に作業を始めさせたとき
納期が迫っているため、見積りの段階で「とりあえず始めてほしい」と頼む場面があります。この場合、まだ発注書や契約書が整っていなくても、作業を指示した時点で業務委託をしたとみなされる可能性があり、その時点から条件の明示の義務が働きます。業務委託事業者は、特定受託事業者に業務委託をした場合は「直ちに」、給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を、書面または電磁的方法で明示しなければなりません(フリーランス法3条1項)。
その事項のうち、内容が定められないことについて正当な理由があるものは、明示を要しません。しかしその場合も、内容が定まった後は直ちに明示することが必要です(同項ただし書)。報酬の額について具体的な金額を示すことが困難なやむを得ない事情があるときは、算定方法を明示することで足りる、という整理もあります(公正取引委員会規則1条3項)。事前に着手させる場合は、定められない事項を「未定事項」として示し、決める予定の時期を併せて書くのが、現実的な出し方です。
事前着手から明示までの時系列(一般的な流れ)
- 着手の指示
発注者が作業を指示した。
この時点で業務委託をしたと評価される可能性がある。
- 同じ日〜できるだけ早く
決まっている事項を明示する。
作業内容、委託日、受領する期日・場所、報酬の額または算定方法、支払期日、支払方法。
- 未定事項があるとき
定められない理由と、定める予定の時期を書く。
たとえば、仕様の詳細が確定していない部分。
- 内容が定まったとき
定まった内容を直ちに明示する。
最初に示したものとの関連性が分かるようにする。
最初の明示と後の明示の関連が分かるように、同じ番号や件名で続けると追いやすくなります。
明示を後回しにしたまま作業が進むと、最悪の場合、報酬の額や納期の食い違いが後で表面化します。着手の指示を出すとき、メールの一文でもよいので、報酬の額、納期、範囲を書いて送る習慣が、結局はいちばん手間がかかりません。
このページで確認した条文
フリーランス法3条1項
業務委託をした場合は直ちに、給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を書面または電磁的方法で明示する。定められない事項は、定まった後に直ちに明示する。
フリーランス法5条2項1号
自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させ、特定受託事業者の利益を不当に害してはならない。
フリーランス法12条
募集情報について、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容に保つ。
民法634条・641条・648条・651条・656条
注文者が受ける利益の割合に応じた報酬、請負の注文者の解除、受任者の報酬、委任の解除、準委任。
著作権法17条
著作者は創作と同時に著作権を享有する。
起きがちなこと
発注前の段階で起きがちなこと
- 「お試しで」と頼んだ作業が、実際には本番の一部で、そのまま納品に使われたのに、お試しだから無償だと整理された。
- コンペで不採用になった案の構成が、後から別の制作会社に渡された資料に残っていた。
- 初回提案を受けた後、方針を変えたいと解約したが、提案までに行った調査と準備の対価について何も決めていなかった。
- 募集の記載に「月額固定」とあったのに、発注後に成果連動に切り替え、受注者が条件の違いに気づくまで時間がかかった。
- 採用が決まっても募集ページを更新せず、新しい応募者から条件を問われて対応に追われた。
- 事前着手を指示したが、報酬の額と納期をメールにも書かず、納品後に双方の認識がずれていた。
よくあるご質問
見積りを取るだけの段階で、受注者に報酬を払う必要はありますか。
見積りの提示そのものは、通常は無償として受け止められやすい行為です。ただし、詳細な設計、仕様書の作成、試作のように、成果が手元に残る作業まで求める場合は、報酬の対象になり得ます。何を無償とし、どこから報酬を払うかを、依頼の時点で文書に書いておくことをおすすめします。
コンペで不採用にした案を、後で参考にしてもよいですか。
不採用の案には、創作した受注者の著作権が生じ得ます。具体的な表現を取り入れると権利侵害の問題になります。アイデアそのものは著作権の保護対象ではありませんが、境目は争いになりやすいため、不採用案の利用を受注者の承諾なしにしないという条項を、依頼の段階で置いておくのが実務です。
募集の記載と、実際の発注条件が少し違っても問題になりませんか。
募集情報について、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容に保つ義務があります(フリーランス法12条)。報酬の算定方法や作業の範囲、期間が募集の記載と大きく異なると、問題になる可能性があります。条件を変えるなら、募集の記載を直し、発注時にも変更点を明示します。
納期が迫っていて、発注書を出す前に作業を始めてもらいたいのですが。
作業を指示した時点で業務委託をしたと評価され得るため、直ちに条件を明示する必要があります(フリーランス法3条1項)。定められない事項がある場合は、その理由と定める予定の時期を示し、定まった後に直ちに明示します。メールやチャットなど、電磁的方法でも明示できます。
提案を受けた後で発注を取りやめたら、報酬は払うべきですか。
契約で、取りやめたときの精算を決めていたかによります。決めていなければ、民法の規定(請負か準委任か、既に行った作業の割合)に従って個別に整理することになり、争いになりやすい場面です。あらかじめ、提案の前と後で、既に行った作業の割合に応じた支払を行う旨を書いておくと、取りやめのときの混乱を避けられます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への当てはめは、委託の内容や相手方の事業の形によって異なることがあります。書き方の例として紹介している内容は、一般に見られる書き方を整理した例で、特定の事業者や案件を示すものではありません。条文は e-Gov法令検索(法令API)で確認しています(最終確認日:2026年10月21日)。参考: e-Gov法令検索 / 公正取引委員会 / 厚生労働省 / 中小企業庁